償い

母に償うために人里離れた山に入った


森の声というものはほの恐ろしく


ただ生命というものを極限なく感じられる


川の流れは意思を表さずとも


そこには確固とたる次元が流れていて


人間の鬱憤など微塵もない自然の営みに


ただ感謝して歩いた


母は泣いていた


幼い私は下を向き


他に誰かいただろうか


そんな映像ばかり頭にこびりついていて


部屋にいるときは思わず発狂しているところだが


私はもう人ではなくなったので


知らない人間でも見ているように


脳は思考を停止していた


一歩踏み出すごとに


所属だとか年齢だとか


そういう人間社会に必要不可欠な情報が欠如していく


出生届など出さねば


私は元から存在しない人間なのだから


大騒ぎする必要はない


奥へ進むと道は険しくなり


大木の下で休むことにした


無事に下山できたところで


惜しい命でもない


ただ元来の几帳面な性格から


抜かりなく身支度を整えてきた私は


山で食べる食事に心が震えた


暖かいとはなんと美しいことか


疲れたので今夜はここでテントを張り眠りにつくことにした


焚き火の炎を消したとき


はっと星空を見上げて


思わずこみ上げてきた嗚咽に


私は生きているんだと


世界に知って欲しかった